「今日はお昼寝ですか?千歳先輩」



意識しなければ、人の声は風で流れて行くのに。
気がつくと、彼女の声は自然と拾うようになっていた。




Festival for you ~chitose~




葉の擦れる音に混じって届いた柔らかな声色に、夢の狭間を彷徨っていた意識がゆっくりと舞い戻ってくる。
いつから寝こけていたのか、幾分重く感じる瞼を押し上げて声の方へと視線を向ければ、見慣れた制服の少女が俺を見下ろしていた。
心なしかちょっとだけ呆れたような表情で。



「おぉ、か。おはよう」
「おはよう・・・の時間じゃないですけどね」
「どぎゃんしたとね、何か用事か?」



体を起こし、胡坐を組みながら問いかければ、何故か小さなため息が降りてくる。



「ミーティング、参加して下さいって言いましたよね?」
「ん、覚えとうよ。始まるまでちょいのんびりしようかと思ったけん、ここで・・・」
「今何時か分かります?」



途中で遮られてようやく気付く。
そういや今日はまだ時計を見た覚えが無い。
しかも運営委員の彼女がここに居るということは・・・。



「さっき、ミーティング終わったとこなんですよ」



やはり、そうだ。
ぶらつくほどの余裕は無いだろうと自重したものの、肝心の時間を把握していなかった。
日頃から時間に沿う習慣が無いため、すっかり頭から抜けていたようだ。



「とは言っても、皆さん思い思いの候補出して終わっちゃいましたけどね。明日改めて決め直すそうです」



彼女はそう言って困ったように笑いながら、俺の隣にしゃがみ込んだ。


「そやったとか。すまんばいね、うっかり寝過ごしたばい」
「そんな謝らなくても良いですよ。その代わり、明日は気をつけて下さいね」
「了解。・・・って事は、今日はもう特に招集ば無かとか」
「そう、なりますね」



アトラクションによっては集まるとこもありますけど、と考えるように一旦視線を外す
真面目な彼女のことだ、担当校の模擬店だけでなく、各自の参加アトラクションのスケジュールも、ちゃんと頭に入れているのだろう。
しかし彼女の口から“移動”の単語が出てこないところを見ると、どうやら俺の本日の拘束時間は既に終了したらしい。



日陰に届く風が、ひんやりとして心地よい。
何だか、また眠気が襲ってきた。



「ふぁぁ〜、ならもう一眠りすっかね・・・」
「って、ダメですっ」
「あたっ」



大きな欠伸をした俺に容赦なく手刀が降りてきた。
気の緩んだ直後に、これは痛い。



「すっ、すみません、加減間違えました・・・?」
・・・いつからそげん暴力的んなったとや?」
「ぼ、暴力じゃないですよっ、突っ込みです!」
「つっこみ?」



頭を擦りながらそう言えば、彼女は慌てて弁解をする。



「ボケたらすかさず突っ込め、って。皆さんに鍛えられましたから」



・・・うちのメンバーは何を吹き込んだのだろうか。



通常在校生より選ばれる、学園祭の運営委員。
遠方、関西からの参加はうちだけなのもあって、テニス部員のみ参加の俺らの運営委員は“こっち”の生徒。
違った土地柄で、まずは俺達の空気に慣れる事が彼女の課題なのかもしれない。



しかし、手を横にでなく、縦に動かす彼女は何か間違っているとも同時に思う。



「つうか、そもそも俺ボケとらんし」
「・・・あれ?」



彼女は真面目で、素直で・・・何処かズレている。



「と、とりあえず、白石先輩が呼んでるので、寝ちゃダメですっ」
「白石が?」
「はい、今日中に意見だけは聞いときたいそうです」
「あー、なるほどな」
「連れてこないと毒手だって言うんですよ」
「・・・」



彼女の目をじっと見る。



「・・・どうかしました?」



この場合、毒手の対象は俺ではなく彼女・・・だろうか?



「って、えっと・・・千歳先輩?」
「むぞらしかねぇ」
「む、むぞ?・・・え、っと・・・?」



頭を撫でれば、戸惑ったように目を泳がす彼女が可愛らしくて仕方ない。



「毒手なー、そら怖かもんなー」
「?・・・あ!ち、違いますよ!私別に毒手を怖がってるわけじゃなくてっ!」
「そげかぁ」
「あぁ〜っ、先輩絶対信じてないっ!」



顔を赤くして、照れ隠しのように声を荒げて。
まっすぐで、分かりやすいのに、時折こちらの予想を超えた言動をする。
彼女と居ると、穏やかで、楽しくて、そして、とても暖かくなる。



「そんじゃ、一緒に行かんね」
「え?白石先輩のとこですか?」
「そ。天気も良かし、こんままやと見つける前に散策ば突入しそうやけん」
「だ、ダメですよ!」



移動しようとした俺につられるように立ち上がった彼女は慌てて俺の腕を掴んで。
ちゃんと連れて行きますからね、と念を押した後、そのまま1歩前を歩き出した。



「・・・別に逃げんよ?」
「その気が無くても、ふらっと行っちゃうのが千歳先輩ですから」
「あっちゃー、俺信用無かねー」
「前科もありますし?」
「はは。ばってん、こっちのが良か」



そう言ってくるっと手首を返せば、小さな手は俺の手の中にすっぽりと収まった。



「散歩ば並んでするもんやけんね」
「さ、散歩じゃないです・・・」



恥ずかしそうに視線を逸らした彼女。
それを俺がどんな目で見ているのか、彼女は気付いているのだろうか。



今はこのままで良い。
けど、期限は明確で、確実に区切りはやってくる。
この2週間に及ぶ学園祭を、長いと取るか、短いと取るか・・・。



「(・・・まぁ、悩んどっても仕方なかね)」



焦らずとも自ずと答えは出るだろう。
まだ、学園祭は始まったばかりなのだから。






「なぁ、このまま外出たらアカンと?」
「ダ メ で す」
「・・・しょうがなか。なら今度改めて誘うかいね」
「え?」
「何でも無かよ」






少しずつだけど着実に――。



END

多分千歳からすれば妹的可愛がり方が8割なんだろう、な・・・!
千歳に恋愛として好かれるのって超難しいんじゃないかと思いました(本人がっつかないから)
あぁ、早く“もあぷり”やりたい!
千歳のあの大きな手のひらが一番きゅんとする管理人でした。


background by sweety 様