「あら、かわいいわねキミ……ロック……」
「ぎゃー、なんで小春がおんねん!」

お約束の如く化粧も剥げる勢いで振りかぶる瞬間、私のロストラブが決定する。




ぶっ飛んでるフリはもういいよ




「黙れ、メスブタ!」
「あら、お下品なこと、嫌やわ〜はん」

去年の夏、テニス部の大会で訪れた東京で聞きかじった言葉はどこぞの御曹司の常套句らしい。 それをまんま模倣して私は小春を罵倒する。 春麗らかな日曜日の午後、私は高校進学後、クラスメイトになった佐々木くんと晴れてデートと相成った。 それは、四天宝寺中時代は誰かとうまくいきそうになるたびに幼馴染の小春に恋路を邪魔をされていた私としての、今度こそ、人生の春を謳歌しようと願う涙ぐましい努力の末の待ち合わせだった。 ……なのに繰り返すベタな顛末に私の「かわいい子」仮面は早々に割れてしまう。

「うちのデートで暇つぶしすな!」
「暇つぶしあらへんっ あんただけずるいで。……こんなええ男一人占めは、あかんでぇ」

小春の”好きなタイプ”のストライクゾーンは残念ながら私のそれと丸かぶりだ。 英才教育ならぬ幼少時代共に過ごした悪影響なのだろうか。 私と小春は戸籍上は異性であるのだけれど、二人ともそこそこ見てくれのいい男子に目が行く。 下手な女友達より男の話で盛り上がってしまう罠は、本来ありえない「ライバル」としての存在に豹変する。 友情と愛憎は紙一重であることは、小春との時間で立証済みだ。

「……面白い人やね、……さんの友達?」
「へ?あ、あ。いや、関係あらへん。 行こか佐々木くん」
「あら、佐々木くんゆうの? あたしにも紹介してぇなぁ、どん」

人として小春のことを私は認めているし、かけがえのない友人だと思う。 賢さでは尊敬もしている。 お笑いテニスに関してなら声を大にして自慢したいほど心酔している。 けれど、私にだってプライバシーはあるし、秘密だって持ちたい。 いくら幼馴染でも、恋敵?だとしても、私の全ての情報を小春に提供する義務も共有する責任もないはずだ。

「佐々木くん、ちゃんってねぇ、こう見えても……あれ、なのよ」
「あれ、って?」
「その辺、ゆっくり二人っきりで話を……」

「小春!」

私はべたべたと佐々木くんへすり寄っていく小春を後ろから容赦なくドついて威嚇する。 バシンとまともに入った背骨へのストレートは私の右手もジンジン痺れさせる。

「もー、ちゃんのど・あ・ほ♪ 暴力反対v」
「こーはーるー!」
「あはは、さんも、さんのお友達も、仲、ええんやね」

佐々木くんは私と小春の本気の勝負をじゃれていると誤解したらしい。 待って、待った! そこ大きな間違い勘違い。 小春はどこからみても男やけど心はうちよかずっと……乙女やから!

「あー!せやからな、佐々木くん」
「それならそうというてくれればよかったんやで、さん」
「へ?」
「こんな”素敵な”彼氏がおんねんなら、俺、最初から……」
「ちゃう、ちゃうちゃう、びっくりマーク百個付けて、ちゃうで!」

ガラガラと崩れていく佐々木くんとの未来が私の視界をにじませる。 なんで、どしたら、うちと小春がそうなるっちゅーねん! 誰か突っ込んでよ、誰か本当のことを証明してよ。 佐々木くんは苦笑いのまま「しゃあないなぁ」と呟く。 「これからもクラスメイトとしてよろしゅうに!」 さわやかに振られた掌は本来私の右手に繋がる筈だったのに。 惚れた笑顔が遠ざかる。 背を向けた佐々木くんは当然ながら一度も私を振り向くことはなかった。








「この世の終わりや」
「何言うてんねん、大げさな」
「疫病神小春」
「もーあんた、座右の銘つけるの天才的やわ♪」

もう離れてよ、あっち行ってよ!と 早歩きで小春を突き放すも、私が思いあまって清水の舞台から飛び降りやしないかと、変な所で用心深い小春は、佐々木くんとのデートがパーになってから、所在なく時間を潰す私に纏わりついてくる。 とはいっても、私は正真正銘「女」だから、女に興味のない小春は私には触れようとはしない。 そして、女装をしていない小春はごく普通の男子高校生に見える。 口を開けば変態まがいの言動になるけれど、真顔で横を歩かれればIQ200の雰囲気さえ放つ幼馴染の、けったいな存在感をまじまじと私は実感した。

「なぁ、小春」
「なんや、はん」
「”ゆうくん”はほっといてええん?」
「一氏?……ビジネスビジネス」

ちゃうやろ、うちら学生や!と裏合いの手を入れたい衝動になるはずが、なぜか私はそこで、普段なら顕微鏡の拡大レンズのように細かな部分まで見たくもないのに悟ってしまう小春の気持ちが読めなくなった。

「なに、心閉ざしてんねん」
「謙也くんに教わったんやで。 成功ね」
「……あほか。 忍足くんのは”にばんせんじ”やで」
「バージョンアップゆうてちょうだい」

ネタ的にはけっこういけてるのに、どうにもこうにも私は笑う気が起きない。 佐々木くんとはうまくいけそうな気がしていたのに。 私のおかしな部分を曝け出さずに女の子できそうだったのに。 同じ学校に小春がいない事が私のカレカノデビューの必須条件として変わりないけれど。 なぜ、そんな簡単に問屋が下ろされないのだろう? なんとなく気づいていた疑問が春風に乗って私の頭の中の記憶をクリアーにしていく。 さぁ、恋人へのステップを!となるとお約束のように登場するウオッチャー小春の存在意義を私は自問自答する。




「なぁ、
「ん?」

なんとなく歩き過ぎたかと思っていた距離は予想以上。 地下鉄3つ分の時間を、私と小春はアテもなく進んでいた。

「佐々木くん、さっきの子」
「なに?」
「あれは女を泣かせるタイプ」
「ある意味、小春と一緒やね」

その前の工藤くんのときは金遣いが荒いといい、前の前の鈴木くんの時は人相が負のオーラ背負っていると気味の悪いことを私に耳打ちした。 さぁ、これから好きになろう!と思う相手に対して、そんな横やりを受ければ、二の足を踏むのは当然の心理だ。

「小春はさ、いったい、何がしたいん?」
「何がって、目的は一つに決まってるで」
「へー、私から男とって気分ええん?」
はん、言葉には気いつけなさい」
「物まねすな」
「ちゃうちゃうで」

ああ言えばこういう……確かに佐々木くんはモテルタイプの男子だろう。 そして工藤君は見栄っ張りで鈴木君はネガティブチャンピオンだった。 小春の情報も分析も正しい。 だから私は大きな意味で異性交遊において痛い目に遭わずに済んでいる。

「でもさ、小春。 うち、思うんやけどね」

そんなポーズ先行じゃ、本気の愛情も伝わりにくいと思う。 一氏みたいなタイプならいろいろ嗅ぎつけてくれるだろうけど、たいがいの男は普通、女を好きだ。 そして私が小春と気のおけない友好関係を築けたのは小春を「女」と見ているからだとも思う。 

「ぶっ飛んでる振りするの、ええ加減にセンチメートルやと思うで」
「振りやない思うてて、はん、おかしなこと言うんやな」
「小春……幸せになればええんやで」
「へ?」
「うちに遠慮せずにな、どーんとぶつかったれ! ま、気持ち悪がれるに30000万点やけど!」

「ほな」

こほんと小春が咳ばらいをした。 覚悟を決めたのか。 幼馴染の私が目をつける男は、残念ながら小春のストライクゾーンであり、そして……私を幸せにしてくれるタマじゃない。 だから小春は我先にという振りで邪魔をして引き裂いて……私を安全地帯へと方向修正してくれるのだ。 けどもう……小春も自分のことを考えてええと思う。 

「うち、わかったで。 タイプやのう男、探せばええんやね」
「ほ!」
「そしたら、幸せになれるんやろ? 小春の脳内推測やと」
「せやね」

小春がにんまりとほほ笑んだ。 してやったりの顔は勝利宣言のような自分の思惑通りに事が進む時、純粋に喜ぶ子供の頃から不変の表情だ。

「あら、目の前の可愛い子、ロックオン!」
「え、誰? どこにおんねん?」

0.03の視力のくせに、抜け目なく「次」を見つけたのかと、私は360度あたりを見まわした。

「せやから、そこのちゃんにロックオン!」
「は?」

のタイプやない男、ここにおるやん!」

自分を指さしてニヤリとアカンベーみたいに笑う、金色小春に私はありえん速度でロックオンになった。












end by 千春

「よつばみち」様へ♪
小春はヒロインには本気だから指一本?触れなかった、というのがマイ裏設定でした。
お読みいただきまして、ありがとうございました。


image by 七ツ森