思わず出そうになった憂鬱のため息。そんなものは柄ではないと、財前は音も立てずに肩でそれを吐く。付き合って半年。それを長いとも短いとも思えない今日この頃。学年は違えど一緒の学校で同じ敷地内にいれば、会えるチャンスはいくらでもありそうなのに、まるで神様が二人の恋路を邪魔するようにすれ違いの連続で、会える時間があまりにも少なすぎる毎日。もっと時間があれば会えるはず。1日24時間じゃ少ないと、無言で正確に時間(とき)を刻んでいく自分を見下ろす時計を睨む。曇る気持ちを晴らすため太陽の眩しさに挑むように財前は空を見上げた。目に飛び込んでくる雄大に広がる真っ青なパノラマ。そのまま天に貫けるように白い軌道を描いてとぶ飛行機を眺め、この同じ空の下にいる君を想えば、甘い切なさが体に降りてくる。
「今、のこと考えとったやろ?」
心地よい感傷に浸っていると、謙也が無粋な言葉で気分をぶち壊し、顔を覗きこんでくる。せっかく彼女の顔を思い浮かべていたのに、彼のせいで脳内ビジョンのスクリーンは、にやけた謙也の顔にすり替わり一気に気持ちが冷めていく。財前の怒りは素直に仏頂面の眉間にうっすらと浮かび、その顔で睨み付ければ、謙也悪びれた風もなく肩を抱いてきた。
「俺はと一緒のクラスや。今日何してたか知りたいやろ?」
「…謙也さん、ホンマ、キモイっすわ…」
財前は肩を抱く腕を振り払うように速度をあげて歩き出す。急に支えのなくなった謙也の体は無様によろけ、さっさと歩いて行ってしまう財前の背中に苦言を吐いていた。いつものことだとお馬鹿な先輩を置いてコートに戻ろうとすると、僅かにぼやけるコート奥のフェンスに目をやれば、思わず心が跳ねる見覚えのある姿を見つける。
「あ……」
思いがけない幸福に、財前は名前を呟いた。小さく見えるその姿は誰かを捜している素振りはなく、ただ一点を見つめている。その様子に、これは自惚れではないと自覚して、財前は小さく手を上げれば、彼女は遠慮がちに手を左右に振ったのだった。何人ものチームメイト達がテニスに励むコートを挟んで彼女としばし見つめ合うと、フェンスの向こうに立つ彼女がなんとなく笑ったように感じ、財前もまた誰にも見られぬように頬を緩ませた。
こうやって彼女と僅かな時間を過ごしてしまうと、ますます会えない時間がじれったくなる。それでも、気持ちを抑え、耐えるのは本当に彼女のことが好きだから。
焦る気持ちに惑わされ心のすれ違いだけはしたくない、と財前はちゃんとわかっている。
彼女からのメールで恋しさが募り、携帯を通して聞こえる彼女の声で愛おしさが生まれる。
そして、彼女を抱きしめてその全てが溢れ彼女に注いでいく。今は空を切る腕。でもあと何日かすれば、この腕に彼女の温かいぬくもりと柔らかな感触を取り戻すことができるのだ。
去って行く彼女の背中を見つめながら、またいなくなってしまうという喪失感と、一人になってしまう自分に寂寥感を覚えた。でもそれもまた彼女との絆を強くしていくスパイス。この気持ちが会える日までの一人ぼっちの日々を切なくも穏やかに繋いでいく。
「めっちゃ幸せっすわ、俺。」
無表情で感情のこもっているとは思えないほどの平坦な口調。でも、これが財前の最上級の気持ちの表れ。そんな財前を見ていた煩くておしゃべりな先輩は、口をあけたまま大きく目を見開いて珍しく黙ってこちらを呆然と眺めている。その顔がめちゃくちゃ滑稽で馬鹿みたいだったので、財前は堪えられず、背中を向けて小さく笑った。
会えない時の心のため息。それは居心地のよい孤独の中に消えていった。
彼女が与える孤独さえも愛おしい
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あとがき
企画サイト「よつばみち」様に提出させていただきます。幸せをテーマにされた企画ということで、
切なく甘くそして最後に心が暖まるように仕上げてみました。いかがでしたでしょうか。
企画主催者の舞様、すごく楽しく書かせていただきました。
企画に参加させていただいてありがとうございました。
2009.10.9 yukizane